ディスクレビュー:幽夏レイ「moratrium」すべての人に淡い青を届けるEP

illustration:あすぱら

ふと見上げた晴天、炭酸の泡が昇っていくガラス瓶、机の引出しに仕舞われた絵の具、陽が落ちた直後の海の濃さ

幽夏レイ、彼女にとって記念すべき1st EPは様々な形の青春を届ける1枚になっている。
思春期のそこはかとない不安を空へと飛ばす軽やかな「ファジーブルーの僕らは」/今をパワー全開で駆け抜けるロックサウンド「プレイバック・ハイライト」/子供から大人へと変わるモラトリアム期の不安定さが表れた「8月のモラトリアム」の既存曲3曲に加え、

ゆっくりとほこりをかぶっていく思い出たちが過去をつなぐ「グレイ・キャンバス」/また前へ進めるよう自転車を漕ぐ軽快な「ビニール」の2曲。

この5曲いずれもが「青春」やそれを象徴する「青」を有しているのだ。
既存曲3曲は青春真っ只中という様相だったが、新曲2曲により少し遠い視点からの青春を得たことで、より広い世代に聴いてもらいたい一枚となっている。

誰もが憧れ、経験した青春が詰まった名盤だ。

「moratorium」

2022年4月24日 発売
2022年5月6日 各種配信開始

youtu.be

 

1.ファジーブルーの僕らは
Music・Arrange:sumeshiii a.k.a バーチャルお寿司
Lyric:月舘おもち

2.プレイバック・ハイライト
Music・Lyric・arrange:buzzG
Bass:Kei Nakamura
Mix:友達募集P

3.グレイ・キャンバス Music・Lyric・Mix:[ahi:]

4.ビニール
Music・Lyric・Arrange:sumeshiii a.k.a バーチャルお寿司
E.Gt:サトウカツシロ(BREIMEN)

5.8月のモラトリアム
Music・Mix:バーチャルねこ
Lyric:かしこまり

幽夏レイ

2020年4月、配信アプリ「REALITY」で活動開始
同アプリで歌ったことを契機に音楽活動を本格化
楽曲提供オーディションイベントにて選出され、1st single「8月のモラトリアム」が制作される。同曲のMV制作にあたってのクラウドファンディングも成功を収める。
その後も自身の楽曲のリリース、他のバーチャルシンガーの作品への参加等を続け、2022年4月の同人即売会M3にてファン待望の1st EP「moratorium」をリリースした。

幽夏レイがあふれたオープニングトラック

 

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EPの始まりはは2nd single「ファジーブルーの僕らは」
代表曲とも言えるほど、幽夏レイというアーティストがよく表れた曲だ。

BPM104、ゆったりとしながら軽快さもある。
スティールパンやボンゴ、ラテン系の打楽器が使われることで夏らしさが出て、暑い日の爽やかな風のような非常に心地よい楽曲だ。

変化のない日々、いたずらに広い青空に感じる未来への焦燥感や不安。
その中でも、1歩、また1歩、前へと。

突っ伏したり、グラウンドを見下ろしたりと下を向くこともあるけれども、最後は上/空を見上げて笑いあう。そんな迷いながらも前へと進む歌になっている。

駆け抜けて 青い夏を

 

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「プレイバック・ハイライト」は手を引かれ走り出したくなるような、疾走感あふれるバンドサウンドのナンバーだ。
迷いも後悔もすべて抱え込んだうえでの全力疾走。
どうして全力で駆けるのか?
それは青春の中でも一番輝いている時間を最後まで謳歌しようとしているからだ。

爽やかなだけでない、その内に秘めた影や寂しさをこの歌から感じたときに、この歌における青春はリアリティをもつはずだ。

大人に成りきれてなかった

 

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思春期から大人へと進む大学時代の思い出は卒業してもなんとなく自分を縛りつけたり、決別しきれなかったりするもの。

ほこりでグレイにくすんでいるキャンバスが月日がたったことを伝えてくる。またあの頃のようにキャンバスに絵の具を乗せる日は。

[ahi:]特有のオシャレなDTMサウンドのバラード。

2度登場するため息は、淡い思い出がぼやけるのが嫌なのか、それともそんな思い出に囚われていることへなのか。
歌詞にも登場しないこのため息がいろんな想像をかき立ててくれる。

社会人にこそ聴いてほしい「青春の再現」

 

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「ファジーブルーの僕らは」と同じくsumeshiii作曲の「ビニール」はやはり爽やかで軽快な1曲。

だが、曲中の登場人物の年齢が少し上がる。
登場人物は、のしかかってくる日々に自分が押しつぶされそうに、また作り笑いが上手になってきて、ふと知らない海沿いの街で自転車を漕ぎに行こうと思い立つのだ。

大切な思い出が確かに胸にあって、また前を向かせてくれる。
忙しさに疲れてしまう社会人にこそ聴いてもらいたい1曲だ。

青春とはとても不安定なもの

 

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チルなナンバーと言ってしまえばそれまでだが、青春とはこの曲のように輪郭がぼやけているもののようにも思う。

EPのタイトルでもある「モラトリアム」という言葉は発達心理学において「アイデンティティ(自己同一性)を確立するために試行錯誤ができる猶予期間」のことを指す。自分探しの期間だ。

制服が苦しく、でも脱ぐのも怖い。
決められた型がせまく、しかし自分を確立できるほど固まっていない。
モラトリアムを見事に表しているだろう。

この曲のように揺らぎがあるからこそ青春は、心の機微が多く、だからこそ大人に成ってからも大切な思い出になる。
その意味で、この「moratorium」というEPを締めるのにふさわしい曲と言える。

すべての人に淡い青を届けるEP

誰にも青春・モラトリアムは多かれ少なかれ有る。
「moratorium」は誰にでもある青春の思い出を呼び起こす1枚。

ぜひ、あなたの青春を呼び起こしてほしい。